Pytorch:ClassImbalance
クラスインバランス
学習データセット内で,クラスごとのデータ数に偏りがある状態のことを,クラスインバランスと言います.今回は,インバランスなデータでも比較的精度良く学習させる方法について学びます.
なぜクラスインバランスが問題か?
極端な例で考えてみることにします.クラスAとBがあり,学習用データセットにおけるクラスAのデータ数は990であり,クラスBのデータ数は10であるとします.識別モデルの気持ちになって考えてみると,どのような入力データに対しても,それがクラスAであると推定しておけば,正解率は99%になります.よって,この学習用データセットの中だけで考えれば,どんな入力であってもクラスAであると推定することは,悪くない戦略であると言えます.しかし,常にクラスAが出力されるモデルであれば,実運用時には何の役にも立ちません.
本質的に同じ問題は,上記のような場面以外にも,色々なところで現れます.例えば,テニスの試合の映像で,ボールの位置をヒートマップにより推定することを考えてみましょう(参考:TrackNet).ボールが存在する領域は,画像全体に対してごくわずかです.ボールの位置を推定するモデルの気持ちになって考えてみると,ほとんどの領域にはボールは存在しないわけですから,全ての領域が真っ黒のヒートマップを出力する(言い換えると,どこにもボールは存在しないと主張する)ことは,合理的な戦略に思えます.しかし,これではボールを検出することはできません.
対策案
ここでは識別問題に絞って考えてみます.クラスインバランスへの対策として,よく使われるのは次の3つの方法です.
- データが豊富なクラスのみで学習
- データ拡張
- 各データへの重みづけ
上記1は,異常検知の問題で使用される方法であり,2クラス分類の問題に対して使える方法です.(多クラス分類に拡張できるのかどうかはわかりません.)異常検知の問題においては,正常データは多数得られるが,異常データは滅多に得られない,という想定がなされます.これは,クラスAには大量の正常データ,クラスBには僅かな異常データ,という2クラス分類問題そのものです.
しかし,単純に識別問題として解けば良いかというと,そう単純でもありません.これまでに見たことがない新しいタイプの異常が,今後現れる可能性があるからです.(犯罪者は,これまでに無かった新しい方法で,セキュリティシステムを欺こうとします.)よって,異常検知の分野では,A(正常)とB(異常)の既知データの間で線を引く問題(識別問題)ではなく,Aのデータだけを用いて学習を行い,Aの分布の内か外かという基準で,正常・異常を判断する問題が扱われます.
上記2は,データに対する摂動を加えたり,GANや拡散モデルなどの生成AIを用いて生成した画像を学習データに加えることで,数が少ないクラスのデータを拡張する方法です.
上記3は,数が少ないクラスのデータに対して大きな重みを与えることで,クラス間のバランスを取ろう,という方法です. 今回は,この方法を実践します.
Focal loss
分類問題でよく使われる損失関数は,クロスエントロピー損失です.これは,モデルの出力とGround Truthをそれぞれおよび,クラス数をとすると,次の式で書けます.
一方,Focal Lossは,インバランスなデータを扱う際に使われる損失関数であり,次の式で計算します.
ここで,はハイパーパラメータです.の時は,クロスエントロピー損失と等価になります.
このがどのような意味を持つかを考えてみます.このサイトの2つ目の図から,の値を変化させた場合に,損失関数の形状がどのように変化するか,を確認できます.の値が大きくなると,0付近ではより勾配が大きく,1付近ではより勾配が小さくなっていることがわかります. 例えば,クラスに属するあるデータについて, かつ の時,損失の値は既に十分に小さく,その付近の勾配も0に近い値になります.よって,そのデータはほとんど学習に寄与しません.一方で,付近では,より大きな勾配を持つことがわかります.
このように,の値が1に近いとき,すなわちモデルがそのデータについて十分な学習が既にできているとき,そのデータによる学習への寄与は小さくなります.反対に,の値が0に近いとき,すなわちモデルがそのデータについて十分に学習していないとき,そのデータはより強く学習に寄与します.これは,の値に関係なく,一貫してみられる傾向ですが,の値が大きいほど,学習が十分でないデータの寄与度合いが相対的に大きくなることがわかります.
インバランスデータでは,多数派のクラスのデータに対しては学習が進みやすく,少数派のクラスのデータに対しては,学習が進みにくい,と考えるのは自然です.よって,少数派により大きな重みを与えることができるFocal Lossが有効に働くと考えられます.
演習
Focal Lossの実装を行います.
準備
まず,作業用ディレクトリに移動した後に,以下のコマンドを実行して,プログラムとデータをダウンロードしてください.
wget https://vrl.sys.wakayama-u.ac.jp/class/pytorch_tutorial/exersise_classimbalance/exersise_classimbalance.py wget -P ./data -r https://vrl.sys.wakayama-u.ac.jp/class/pytorch_tutorial/datasets/cifar-10-batches-py/
ダウンロードしたら,exersise_classimbalance.pyをそのまま実行してください.おそらく,テストデータに対する精度は93%くらいになったと思います.
データの準備
今回は,CIFAR-10という10クラス分類のベンチマークデータセットを使います.これらのうち,2クラスのみを取り出して使います.そのための処理を書いてみましょう.
プログラム中にある以下の領域に,10クラスあるデータセットから,2クラス(クラス0と1,飛行機と車)のみを取り出す処理が既に書かれています.
###################### ここを完成させましょう 1 ####################### # テストデータのうち,ラベルが0のデータと1のデータのインデックス indices = [] ... train_dataset = Subset(train_dataset, indices) ###################################################################
次の4行では,テストデータから,我々の関心がある2クラスのデータのインデックスを抽出して,Subsetを作成しています.
indices = []
for i in range(len(test_dataset)):
if test_dataset.targets[i] < 2:
indices.append(i)
test_dataset = Subset(test_dataset, indices)
学習用データについても,2つのクラスのデータを取り出していますが,まずクラス0のデータのみを,続いてクラス1のデータのみを,別々に取り出しています.これは,同じラベルのデータを揃えておくことで,後々クラスごとの学習データ数を揃えやすくなるからです.
indices = []
for i in range(len(train_dataset)):
if train_dataset.targets[i] == 0:
indices.append(i)
for i in range(len(train_dataset)):
if train_dataset.targets[i] == 1:
indices.append(i)
train_dataset = Subset(train_dataset, indices)
現在,train_datasetにはクラス0と1のデータが5000個ずつ含まれています.ここで,クラス0のデータを100個だけ残して,残りを間引きましょう.次のように書き換えてください.
train_dataset = Subset(train_dataset, indices[4900:])
これで,クラス0と1のデータ数の比は,1:50になりました.
プログラムをそのまま実行して,テストデータに対する精度を確かめてください.
Focal lossの実装
さて,ここからが本番です.Focal lossを実装します.プログラムの次の領域を見てください.
###################### ここを完成させましょう 2 ####################### CRITERION = nn.CrossEntropyLoss ###################################################################
CRITERION に,pytorchのクロスエントロピー損失のクラスであるnn.CrossEntropyLossが代入されています.さらに,以下の行において,クラスCRITERION(=クラスnn.CrossEntropyLoss)からインスタンスcriterionが作成されており,これが損失関数として学習に使用されています.
criterion = CRITERION()
ひとまずクロスエントロピー損失の自作
まず,クロスエントロピー損失を計算するクラスを自作してみましょう.ResNetの実装のところでもやっているように,nn.Moduleを継承したクラスを作ることで,実装できます, とりあえず,以下の通りに書いてください.
class CRITERION(nn.Module):
def __init__(self):
super(CRITERION, self).__init__()
def forward(self, y, t):
loss = torch.nn.functional.cross_entropy(y,t)
return loss
ここで,yとtはそれぞれ,モデルの出力とGround truthです.また,torch.nn.functional.cross_entropy() は,Pytorchで用意してくれているクロスエントロピー損失を計算する関数です.この部分を,Pytorchの標準ライブラリに頼らない方法で書き直していきます.
注意:forward(self, y, t)のyはモデルが出力したものですが,ソフトマックス関数を適用する前のものです.また,tは正解クラスラベルを表すスカラであり,one-hotベクトルではありません.よって,torch.nn.functional.cross_entropy(y,t)では,実際には
- yにソフトマックス関数を適用
- tをone-hotベクトルに変換
- 上記の処理を経たyとtを用いてクロスエントロピー損失を計算
の3つの処理がなされています.我々も,その通りに実装します.
以下の部分を削除するかコメントアウトしてください.
loss = torch.nn.functional.cross_entropy(y,t)
では,tをone-hotベクトルに変換する処理を書いてください.これには,torch.nn.functional.one_shotを使います.
続いて,yにtorch.softmax()を適用します.ただし,yは単一のデータではなく,複数のデータを含むミニバッチのものであることに注意して,適切に引数を渡してください.
yとtからクロスエントロピー損失を計算する式を書いてください.ミニバッチで複数データを同時に処理しますが,各データについての損失の平均値を,forward関数の戻り値に設定してください.
プログラムを実行して,先ほどと同じくらいの精度になったらOKです.